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四半世紀の刻(とき)を越えて・・・解説。

はいっ!という訳で、アクアでの初ツーリングの記録である『四半世紀の刻を越えて・・・』をお届けしましたが、如何だったでしょうか?『その8』が単なる牧場紹介で、特にオチが付く訳でも感動的なエンディングになっていた訳でもなかったもんで、皆さんまだ続きがあるものだと思ってたかもしれせんね。でもこれで終わりなんですね~(笑)←笑えません!

こんな尻切れトンボな終わり方になったのには理由がございまして、つまりこの牧場の時点で時間は既に17時近くなってたんですが、この日小生はどうしても地元に19時までに帰らなきゃならない用事があったんです。だからこの先はちょっと飛ばさなきゃならず、メールなんかしてられなかったって訳ですわ(笑)←一々笑うな!鬱陶しい!!
全く・・・オチが付かないだけに落ち着かないですよ!
な~んちゃって~オヤジギャグ~(そのノリやめろ~ッ!!)

それでは以下、この物語の内幕について『解説』して参ります。メール転送した本編では読み取れなかった種々のエピソードや状況について触れて参りますので、ゆっくりとお楽しみ下さいませ。
なおこの『解説』は本編より長くなるのは必至ですので
この点ご覚悟願います(笑)←だから!一々笑うなって言ってんだろッ!!大体何で自分の作品に自分で『解説』するんだよ~ッ!!!

それでええっと、どこから『解説』始めようかなぁ~?
楽しいなぁ~♪(楽しいのはお前だけだッ!)
そうそう!まずはこのツーリングの主目的地を、顔振峠にした理由なんかに触れてみましょうか?
これはもう実に簡単な事で、四半世紀振りに本格的にサイクリングを再開するのだから、当時一番難所だと思っていた所に行ってみたくなったんですね。まあローディーの皆さんのブログなんか読んでいても、特に顔振峠を難所と定義するものは見当たりませんし、そもそも顔振峠自体あまり出てこないんですが(何でかな?)小生の少年時代、その仲間内では確かにそう定義されていたのです!

「顔振を足つかずに越えたら一人前だな!」

とか言い合っていたのです!だからロードを新調してサイクリストとして復活するにあたって、小生はまずここから始めなくてはならなかったのです!!よって後輩に送ってメールのタイトルは『四半世紀振りに・・・』という、些か重々しい物になりました。このタイトルの『・・・』の部分に小生の万感の想いというか、時代は巡ってまたここに戻ってきたんだなぁという気持ちというか、まあそんなものを感じて頂けたらと思います(自己陶酔し過ぎだよッ!)

因みに『四半世紀振りにサイクリストとして復活』というなら、実はクロスバイクであるソーセージ号購入の時点で復活していたのですが、ソーセージ号で顔振峠に行こうとは思いませんでした。
何故なら

「小沢峠ですらハアハアヒイヒイ状態になっちゃったのに、顔振峠なんか行っちゃったら絶対死ぬ!」

と思ったからです(笑)そしてこれは正解でした。だって今回ソーセージ号より遥かに高性能である筈の『登りに強い』が身上のオルベアのアクアで行ったのにも関わらず
小生登り始めて3分でインナーローまで落としちゃいましたよ・・・。重い重いソーセージ号で行っていたら、一体どうなっていたのやら・・・。

四半世紀前の遠い記憶から、小生の頭の中には『峠ってのはピンポイントできつい所があるけど、他の大部分は程々の負荷で登る事が出来る』という印象があったのですが、顔振峠はのっけからずーっときついのです!いつまでたってもきついのです!!小沢峠みたいに最後の300mだけがきついんじゃなくて、よどみなく淡々ときついのです!!!それを小生、必死になって登っていました。そう・・・こんな顔をして・・・。


























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             顔振峠を必死になって登坂する小生(イメージ写真)












まあこんな風に頑張っていたのですが(なんだこの見苦しい写真は!こんなん添付するんじゃねえッ!)結局我慢できずに足着いちゃいました(笑)でもさすがに押す事はせず(だってピカピカのロードで押してたら格好悪いじゃないですか?←つまり見栄か!←嘲笑)何とか登り切る事に成功しました♪その時の記念写真が『その2』に載せたものなのですが、何となくメリハリにかける写真ですよね・・・。そこでもっとメリハリある、喜びに満ちた写真をご披露致します!

























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             顔振峠を制覇し笑顔でイエ~イの小生(イメージ写真)













本当、この時は嬉しかったなぁ~(これ室内じゃん!顔振峠関係ねえ~ッ!!)
で『その4』で触れた通り予定のルートを行くか越生へのショートカットを採るか悩んだんですが、結局予定通りに行く事に致しました。どうしても『りんどう茶屋』に行きたかったのです。これには勿論それ相応の理由がありました。というのは2年程前にバイクで『りんどう茶屋』を訪れた時、そこのおかみさん(でいいのかな?)から、以下の様な心温まるお話を伺ったのです。

「私は『りんどう茶屋』の二代目のおかみでしてね、初代のおかみは私の姑にあたる人なんです」

「その初代のおかみはもう高齢なもんでここで仕事は出来ないんですけど、それでもどうしても『私も行く!』と言い張りまして、殆ど毎日私と一緒に車でここまで登ってくるんです」

「そしてあんな風に、車の中でこの茶屋を見守っているんですよ」

ここで小生はおかみが指し示す駐車場の車の方に目をやった。するとその後部座席には、確かに毛布に包まった一人のおばあちゃんが座っていて、こちらの様子を伺っているではないか!
老いて尚気骨あり、己が孤塁を守らんとする
気高き魂・・・。

ちょっと大袈裟かもしれないが、小生はそのおばあちゃんにそんな感慨を抱いきました。
そしておかみ続けて曰く・・・。

「あの初代おかみには口癖がありましてね
『商いは飽きないものだ!飽きたら終わりだ!!』
と言うんですね」

「私もこの仕事を初代おかみと一緒にやる様になってもう○年も経つんですけど(実際に何年やったか聞いたけど忘れた・・・)学校の登山で来た子供が大きくなってから再訪してくれたり、毎年定期的に来てくれるご夫婦があったりして、それはもう飽きる事がないんですよ」

「この茶屋は正直そんなに儲かる仕事ではないんですけど、また山の気候は暑かったり寒かったりして大変な時もあるんですけど、あの初代おかみの至言を聞いてしまうと、そうおいそれとは辞められなぁと思うんですよね・・・」

と・・・。これもまた小生の胸を打った。『商いは飽きない』とは・・・。
小生はこの時、介護職に転職して5年程経っていたのだが『飽きる』とまでは言わないものの、日々月々の仕事にルーティンさを覚えてなかった言ったら嘘になる。たった5年でそうなのだ・・・。それなのに世の中には30年以上もひとうの仕事に従事していて
『商いは飽きない!』と言い切れる人が存在するのだ!最早安穏と暮らして許される身なのに、老いた身を押して山に上がってくるおばあちゃんがいるのだ!!普段はだらしない限りの生活を送る小生ではあったが、さすがにこの時は敬虔な気持ちになった。そして車中のおばあちゃんに向かって、深々と頭を下げたのでありました・・・。

このエピソードから2年の月日が流れ去った。そして小生はこの春、約7年間働いた職場を離れて、同じ法人内ではあるが別の施設に異動となった。よその施設で働く事への緊張感は勿論ある。しかし介護の仕事に従事する事自体は継続であり、そこにどれ程の緊張感を持っているものか・・・。だから小生はあのおばあちゃんにもう一度会いたかった・・・。会って2年前には間接的に聞いた
『商いは飽きない!飽きたら終わりだ!!』という言葉を
今度はおばあちゃん自身の口から聞きたかった・・・。だから顔振峠の茶屋で休息した後、迷うことなく『りんどう茶屋』を目指したのだが(迷ってたじゃん!後輩へのメールにそう書いたじゃん!!)走り始めて程なく予想に反して登りが多く、また考えていたより勾配がきつい事に気付いて、口を尖らせざるを得なかった。

























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            「わおっ!結構きついじゃん!!」と口を尖らせる小生(イメージ写真)













上の写真はその時撮ったものだが(だからこれ室内じゃん!後ろに写ってるブラインドとか写ってんじゃん!ヤラセもいい加減にしろ~ッ!!)まあこんな口をしてしまう位きつかったのである!しかも途中で『その6』にも書いた様に『りんどう茶屋』が刈場坂峠にある事を思い出し、自分の勘違いを憤って歯噛みするおまけまでついてしまった・・・。





















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     「くっそお~ッ!勘違いしてた~ッ!!」と拳を握って悔しがる小生(イメージ写真)















まあこんな感じだったのだが(ま~たヤラセかよ!しかも最早手だけかい!)また途中遂に力尽きて路上にへたり込む場面なんかもあったのだが(幸い誰にも見られなかったのだが、ローディーとしては屈辱ものの大醜態であった・・・)それでも何とか登り続け『その5』にある通り、15時30分近くになって漸く『りんどう茶屋』がある刈場坂峠に辿り着いた。しかし時間が時間だけに『りんどう茶屋』は既にその営業時間を終えていた・・・。勿論おばあちゃんには会えなかった・・・。この時の閑散とした刈場坂峠の画像が携帯に残っていたので公開する。





























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   閑散とした刈場坂峠。登山客が独り地図を見ている・・・。















まあこんな具合に、まるで『月の砂漠』って感じの閑散さでしたね。
(何これ?これ月面写真じゃん!ふざけるのもいい加減にしろ~ッ!!)
それはともかく(もう写真の悪用はやめろ~ッ!!!)この後小生は刈場坂峠を出て程なく行ったT字分岐を右折し、都幾川村へと下っていった。因みに都幾川村は今では『ときがわ町』が正式な呼称なのだが、小生は旧呼称の方が好きなので『都幾川村』で通させて頂く。この道は前述『りんどう茶屋』のエピソード時おかみに教えてもらった道で、その時は自然が育んだ葉桜になりつつある山桜と、麓に近づくにつれポツリポツリと現れた民家の軒先に植えられた可憐な花々とのコントラストが素晴らしく、小生の様な無粋極まる者でさえ

「桃源郷って、こういう場所を指していうんじゃないのかなぁ・・・?」

と呟いてしまった程、素晴らしい景観を有していた。それを再度体感したくてこのルートを採ったのだが、山桜にはまだ季節が早かった上、四半世紀振りに味わうドロップハンドルでのダウンヒルが怖くって怖くって(ティアグラのブレーキは『シュシュシュシュシュ~』と音をたてるだけで、あんまり制動してくれないのだ!)景色どころじゃありませんでした・・・。あと寒かったしね・・・。それでも『その7』に書いた『都幾川温泉』手前位から、それまでの急勾配でヘアピンカーブ続きだった下り道がなだらかで優しい下り道となり、漸くダウンヒルを楽しむ事が出来る様になった。
そしてそれからやや行った時、右手に『あの光景』が現れた!

『あの光景』とは即ち『ときがわホースケアガーデン』の事である!これもまた前述2年前のバイクツーリング中の出来事なのだが、この時バイクでこの界隈をのんびり下っていた小生は、鄙びた山村に突如サラブレッドと思しき馬が出現した事に仰天した。牛や豚ならともかく、高貴なお顔をしたお馬である!もう少し山から離れた場所なら乗馬クラブの類とスルーした事だろうが、この様な場所に馬が繋がれているのは、今まで見た事もなかった光景である。そこで道をそれてその牧場に向かってみると『ときがわホースケアガーデン』と記された木製の看板が架かけられていた。

「う~ん・・・やっぱ乗馬クラブか観光牧場の類なのかなぁ・・・?」

「それにしても『ホースケアガーデン』って一体・・・?」

どうにもこうにも疑問が醒めやらなかった小生は、そこにおられた牧夫さん(実はこの牧場の牧場長さんだった!しかも女性!!) に、ここがどういう所か聞いてみた。するとそこは老いた馬の老後を養う、所謂養老牧場である事が判明した。小生は平成9年日本ダービーでサニーブライアンが見事な逃げ切り二冠達成したのを見た時から、競馬にかなり熱中する事となった。そしてその競馬ライフの中、競走馬の殆どが人間の役に立たなくなった途端、無情にも処分される、つまりは食肉とされてしまう現実を知る事となった。それまで子供の時に聞いた話、即ち

「競走馬は筋肉が発達してるから、硬くて食用にはならないんだよ」

「だから競馬を上がった馬は、乗馬とか農耕馬に転向するんだよ」

を信じ切っていた小生だけに、この事実を知った時はショックだった・・・。しかしそれを直視しすぎると折角好きになった競馬が楽しめなくなるし、更に非力な事に自分一人が思い煩ったところでどうする事もできやしないと考え、その件からは敢えて目を背ける事にした。しかしそこから目を背けない人がいたのだ!最早金を生む事も人の使役に用する事も出来なくなった何ら価値のない動物(あくまでも人間にとって)なんかを、それでも養い余生をまっとうさせようという人々が存在したのだ!!しかもその牧場が馬産地とは何ら関係のない、埼玉県の鄙びた山里にひっそりと、しかし力強く逞しく根付いていたのだ!!!小生はその事実に感動した!!!!

この時以来、小生は時々、ほんの時々ではあるが、この牧場を訪れる様になった。そしてそんな程度ではこの牧場に何ら寄与出来ないとは分かってはいたが、僅かばかりではあるが『にんじん募金』を供する様になった。しかしそんな分別くさい事なぞいわずとも、単純にいってここは楽しい!こんなにさりげなくこんなに至近距離で馬と遊べる所は、他には中々ないのではないか?沢山のローディーやバイクツーリストの方々がこの牧場の至近を白石峠に向かって行き来していくが、これら人々のブログにこの牧場が出てくるのを見た事がない・・・。だから、別に『馬の老後について考えよう』なんておこがましい事を言いたい訳じゃなく、単純に楽しい牧場がある事を紹介したく、ここにこの牧場のホームページアドレスを記載させて頂きます。

ときがわホースケアガーデン 

ここのブログは都幾川村の観光案内としても秀逸なもので、小生はこれを通じてこの村をどんどん好きになり、遂には『心の故郷』などと称する様になった。とはいっても、ほんの何年か前まで沖縄にハマって

「小生の心の故郷は沖縄や!」

「いつか絶対に移住したるで~!!」

な~んて息巻いていたのだから、まあ『心の故郷』なんて言っても怪しいものなんですけどね(笑)でも雄大すぎない自然があり、村中から木の香りが漂い(何せ『木の村』ですから←笑)桃源郷の様な柔らかな景観があり、心の桃源郷たる養老牧場があり、美味しい蕎麦屋と水出し珈琲屋があり、ついでに日帰り温泉なんかもオープンしちゃって、そして何より小生の自宅からそれ程遠くないこの都幾川村は、いつ訪れても楽しくて美しい小生の隠し玉的スポットであります!小生はこれからもこの村を定期的に訪れていく事でしょう・・・(今年は絶対ホタル観に行かなきゃ!!)

とまあそんな訳で長々綴らせてもらいましたが、そろそろ終わりにしなくちゃいけませんね(笑)←笑えません!つーか、ブログにこんな長文載せるなよ!!
『ホースケアガーデン』の写真を撮った後は、一路入間に向かって驀進しました。まあ『驀進』と言っても、疲労もあり非力でもあり多少はアップダウンなんかもあったもんで、アベレージで○Km位しか出せませんでしたけどね(笑)←みっともないので伏字にて・・・。
そして19時ちょうど位に、地元入間に帰着しました。本日の走行距離、約80Km。平均速度は19Km弱でした・・・(ロードでそれかい!←嘲笑←いや!峠とかあった訳で、本当ならこんな数字じゃなかった筈だよ!!そこんとこ勘違いしない様に!!!おい!分かってんのか?お~いッ!!!!!!!!!)







おしまい(そういや~アクアのインプレとか全然書かなかったなぁ~あと文章が『ですます調』になったり『である調』になったり、全体的にひどい出来栄えだなぁ・・・ま、いいか♪←よくな~いッ!!!)
by shousei0000 | 2008-05-12 09:50 | ロードバイクあれこれ


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