カテゴリ:ペリーニ アダージオ( 202 )

『あの日の選択』を悔いる…その32。

b0136045_18400858.jpg
あの日俺はこの『堀切橋の先にあった石田堤』を見て『新幹線高架そばの石田堤>堀切橋の先にあった石田堤』と捉えたのだった…とここまでは朝の投稿に書いた…(笑)

『その先の話』をいく…今訳あって物凄くジリジリしているのでなるべく簡単にいく…『持って回った話を展開する自信』が今の俺にはない…。

ああっ!く、苦し…いや…何でもない…何でもないが辛い…今日の帰りの電車ではやっぱ『その話』を書こう…。

で…『続き』なんですが…
















































b0136045_18482368.jpg
前掲の石田堤の写真の位置からもう少し先に行ったこの位置に至った時、俺はこの光景を目の当たりにして

「やあ!これは良い!!」

と呟き顔を綻ばせたのでした…『良い景色だ♪』と素直に思った…。

前掲写真の位置より緑濃く松林の風情も強い…『街道筋の松並木』なんて言葉も脳裏に浮かぶ…。

この場所の石田堤は確かにショボい…そもそも最早『堤』とは呼べまい…あの案内板がなければ誰もここを『石田堤の跡地』とは思うまい…。

でも…『堤としての立派さ』はともかく『この風情』はどうだ…『周りの景観への溶け込み具合』は…『石田堤が色々あって時間を経て素敵な松並木になった』という事の素晴らしさは…あ、ごめん…もうダメだ…(何がだよ!?)







































b0136045_19045509.jpg
ダメなんだよ…俺『これ』じゃあダメなんだよ…。








































b0136045_19064433.jpg
『煙』(正確には水蒸気)だってこんなに出る…でも…やっぱダメなんだよ『これ』じゃあ…。










































b0136045_19075838.jpg
ここには『◯◯◯の思い出』しかない…『ブログ書きながら◯◯◯』の記憶が生々しすぎる…。

ここにいてはダメだ…辛すぎる…今日はもう帰る…帰りの電車内で1ネタ書く…。

尻切れとんぼで申し訳ないけど、今日はもう石田堤について書くのは無理…明日以降にさせてもらいます…。

















続く…。

by shousei0000 | 2018-11-29 19:11 | ペリーニ アダージオ | Trackback | Comments(0)

『あの日の選択』を悔いる…その31。

b0136045_07362425.jpg
前回の投稿では『あっちの石田堤』だの『こっちの石田堤』だの書いて悪かったなぽまいら…あれでは分かりにくいよなぽまいら正直すまんかったやで…(詫び)

だから呼称を変える…この写真の石田堤を『新幹線高架そばの石田堤』と呼ぶ…因みにこれは『修復ゾーン』にある…つまりは『レプリカ』だ…。

そうとも知らず(案内板に『堤修復ゾーン』と書いてあったんだけどその時は見逃したんですよね…←恥)俺はこの堤を見て

「四百年以上前の堤がよくこの状態で残っていたもんだ!」

「スゲ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!

などと呟き喜んでいたのでした…(恥)

そして…






































b0136045_07452307.jpg
こちらの石田堤…これは以下『堀切橋の先にあった石田堤』と呼ぶ…を見た俺は

「ん〜まあ何ゆうか『松並木』とかあって風情としては中々だけど『堤としてはショボい』よな(笑)」

などと思っていたのでした…(恥)

言うまでもなく『こっちが本物』…『新幹線高架そばの石田堤』は『レプリカ』なのだから…。

あのレプリカだって『何もないところに土を盛り上げて石田堤レプリカとした』というのではなく『石田堤の名残りがあったところに土を盛ってレプリカとした』のではあるだろうけど、『レプリカ』はレプリカに過ぎない…『往年の姿を留めてはいないが名残りは感じられるもの』の方が価値はある…。

お城巡りをする人達の最近のブームは『城跡巡り』だそうな…暫く前にネットの記事か何かで見た…。

『昭和期に再建された実物とは違う姿のお城』ではなく『城本体は残っていないが石垣や土塁や堀などで当時の様子が伺えるもの』の方に人気が集まっているそうな…そらそうだわな…。

この法則?を俺の場合に敷衍すると『堀切橋の先にあった石田堤>新幹線高架そばの石田堤』となる…でもその日の俺は『新幹線高架そばの石田堤>堀切橋の先にあった石田堤』と思っていた…。

センスないなぁ俺…_| ̄|〇














続く…。

by shousei0000 | 2018-11-29 08:01 | ペリーニ アダージオ | Trackback | Comments(0)

『あの日の選択』を悔いる…その30。

b0136045_14342257.jpg
『石田堤史跡公園』の『公園な部分』を出て『堀切橋』を渡ってちょっと登った先に『この案内板』があった…即ち『ここは石田堤です』という説明書き…。

ちょっと意表をつかれた…『石田堤史跡公園』の『アミューズメントな部分』の手前で既に『現存する石田堤』を見てきたから、その先の何て事ない田舎道に『ちょっと盛り上がったところ』『立派な松並木』が現れ、更にその先に『この案内板』があった事に意表をつかれた…。

「へえ〜ここも『石田堤』なのか!?」

と…。

『アミューズメントな部分』の手前にあったのが『あっちの石田堤』とすれば今話題にしているのは『こっちの石田堤』って感じ…『こっちの石田堤』を目の当たりにした俺は

「こっちのは…ちょっとしょぼいなぁ…まあ風情はあるけど…」

と感じた…。

画像を引いてちょっと対比してみましょうかね…。



















































b0136045_14475972.jpg
こちらが『あっちの石田堤』…うん…中々に『堤』している!

アクアを対比物として置いたので分かると思うんですが、『それなりの高さがある堤』です!『人の背丈』などは遥かに凌駕しています!

『この堤を境に忍城水攻めが行われた!』という事が一目で分かるビジュアル…この堤を見た俺が

「おお!中々良い状態で残っているじゃん『石田堤』!!」

と唸ったのも理解して頂けよう…。

それに対して…












































b0136045_14542680.jpg
『こっちの石田堤』はこんな感じ…。

うん…まあ『盛り上がってはいる』よね…でも『ちょっと』だよね…。

『堤』ゆうにはちょっと弱いよね…『あっちの石田堤』が

「私は『堤』と言うにはそれ程高いものではない…でも『それなりに堤』なのだ!」

と目力強く主張しているとすれば、『こっちの石田堤』は

「いや…へへ…あっしは『堤』なんてもんじゃありません…『何となく土が盛り上がっているだけ』で…だからおまけに松の木植えときました…」

と目を伏せ弱々しく呟いているという感じ…この擬人化比喩意味分かります?(笑)

『擬人化比喩の事』はともかく(だったら書くな!←呆れ)『あっちの石田堤』が迫力満点なのに対し、『こっちの石田堤』が堤としてはしょぼいのが分かってもらえたでしょうか?『風情』の面では『こっちの石田堤』の方が優っていますが、『堤としてのインパクト』は『あっちの石田堤』の方が遥かにあるのです…総合的に評価すると『あっちの石田堤>こっちの石田堤』ゆう感じ…。

だが…ぽまいらはもうとっくに忘れていると思うから画像を以って説明しておくけど…










































b0136045_15100598.jpg
『あっちの石田堤』は『修復ゾーン』…つまりは『レプリカ』なのだ…。

だが…あの日『こっちの石田堤』を目の当たりにした頃合いの俺は『その事実』をまだ知らない…この画像にある『修復ゾーン』ゆう表示を見落としていた…(締め恥)


















続く…(夜勤いてきま〜す…)

by shousei0000 | 2018-11-25 15:11 | ペリーニ アダージオ | Trackback | Comments(0)

『あの日の選択』を悔いる…その29。

b0136045_23062424.jpg
この写真は今話題にしている『堀切橋』である…『土木遺産』を制定している『土木学会』のホームページから借りた…。

俺は手前の方からこの橋を渡った…渡った先は緩やかな上り坂になっていて、その先に『何か』がありそうな気がした…。

こういう時の俺の勘は信じていい…逆に

「今回はペリーニのバーベキュー…不参加でいっか?」

「『ぼっち参加』になっちゃったからやめとくか?」

と思ったあの日の勘は信じるべきではなかった…そのおかげで俺は…(カレーの話しつこい?←笑)

カレーの話はともかく(笑)俺はその勘に従いその緩やかな登り坂を登り始めたんだ…。



















































b0136045_23250846.jpg
坂の途中…この先に何があるかはまだ見えない…。

『松の木』があるのは見えた…この写真にも写っている…(分かりますよね?)

結構立派な松の木に見える…何本も生えているようだ…。

「何か…変だな?」

と思った…『行く手に見える松の木の立派さ』と『公園を出て以降の光景』がそぐわない…『ただの田舎道に急に松並木が!』ゆう感じ…。

それでまあとりあえずその緩やかな登り坂を登り切ってみたところ…







































b0136045_23352275.jpg
『こんな感じ』になった…やはり『松並木』だ…。

くどいようだが、公園を出て以降その辺りは『ただの田舎道』だったのだ…なのに何故急にこんな松並木が出現するのだ…。

しかも…『盛り上がっている』…道の左脇はこの写真で分かる通り土が盛り上がっている…その盛り上がった土の上に松の木が生えている…。

『ある種不思議な光景』である…『違和感』があった…。

それでまあそのまま進んでいったところ…










































b0136045_23422199.jpg
『こんな案内板』が出た!

ここも『石田堤』だったのだ!!











































b0136045_23441015.jpg
『案内板の文章を読みやすくした写真』を挙げて今日は終わりにします…(本日は『変態勤務』でした…狭山市駅なう…アパートに帰ります…)
















続く…。

by shousei0000 | 2018-11-24 23:45 | ペリーニ アダージオ | Trackback | Comments(0)

『あの日の選択』を悔いる…その28。

b0136045_21030196.jpg
橋の名を『堀切橋』と言う…そんなに大きな橋ではない…たまたま通りかかって通り過ぎていった白い軽トラ(写真に写ってますよね)と見比べて橋のサイズを体感してくれい(笑)

前回の投稿に書いた通り『名栗にある文化財っぽい橋』を想わせる…事実『共通項』があった…両者は共に『土木遺産』である…。

俺の勘も満更捨てたもんじゃない♪カレーについては『その勘』は全く働かなかった訳ではあるが…(哀)

名栗のあの橋(名前何でしたっけ?)もこの『堀切橋』も共に『土木遺産』である…でも…名栗のあの橋(今度名前を確かめに行こう←笑)はともかくこの『堀切橋』については、『土木遺産』に制定された理由は『橋の造り』が全てではないのかもしれない…。













































b0136045_21152575.jpg
『堀切橋の説明書き』をもう一度載せる…この説明書きの下の方に『橋の名前の由来』が記されている…。

>戦国時代に石田三成が忍城を水攻めにした際、この付近で石田堤が破堤した事が由来とされている。

とある…俺はこの説明書き見る前から既に知っていたけどね♪(豪語←笑)

石田堤によって『水が満たされた場所』ができた…これを当時の忍の民は『堀』に見立てた…。

その『堀』が台風による増水で切れた…『決壊』した…『破堤』した…。

それによって奇手に大きな損害が出た…『人死』も出た…それを悼んで…かどうかまでは分からないけど、それを伝え聞いた忍の人々はいつしかここを『堀が切れたところ』という事から『堀切』と呼ぶようになったと…そういう事なのだろう…『堀切に掛かる橋』だから『堀切橋』になったのだろう…。

その故事が『土木遺産になった理由』という事はないだろうけど(『土木遺産』は土木遺産ですからね)その故事があるから『この界隈の人々に語り継がれる場所になった』という事はあるだろう…戦いと水害の歴史から名付けられた『堀切』という地名…『過去と現在は続いている』『歴史というものは連綿と続くもの』という事を改めて考えさせられた…。

「時間は押しているけど…ここまで足を伸ばしてよかった…」

と思った…まあ足を伸ばしたおかげで『帰りは夜になった』けどね…(思い出し哀)

『堀切橋』を見た事で満足してもう帰ろうと思ったんだけど(時間が押していたので…)『堀切橋の先』に何かがありそうな雰囲気がして、勘の鋭い俺(その勘はカレーには効かない←笑)はフラフラと『その先』に進んだんですね。

そしたら…やっぱありましたよ『見るべきもの』が!










































b0136045_21441800.jpg
日本よ…これが『本物の石田堤』だ!!!
何このよく分からない言い回し!?(締め呆れ)



















続く…。
(狭山市駅に着きました…アパートに帰ります…本当に先が見えてきた!あと4話位かな♪←まだそんなにかかるんかい!?←再締め呆れ)

by shousei0000 | 2018-11-23 21:00 | ペリーニ アダージオ | Trackback | Comments(0)

『あの日の選択』を悔いる…その27。

b0136045_18381633.jpg
2018年10月7日の15時半頃…この場所から左手に見える古そうな橋に注目した俺は

「あれが…『堀切橋』なんじゃね?」

「行ってみるか…」

と呟きそちらに向かって歩き出した…。

そしてちょうどその頃、この場所から南西に100km程離れた『アグリパーク伊勢原』で行われていた『ペリーニ アダージオの秋のバーベキュー』では…







































b0136045_18433004.jpg
『こんな光景』が繰り広げられていたのであろう…即ち『シェフのお楽しみ』が準備され始めたのだ!

再三言う通り俺はそのバーベキューには参加していない…単独参加が嫌で『ぼっち回避』をした俺(恥)が『秋のバーベキューの写真』を持っている筈がない…この写真は春のバーベキューに於けるシェフのお楽しみ料理である『イカスミのパスタパエリア』である…。

秋のバーベキューで実際に出たシェフのお楽しみ料理は『東條シェフ渾身の6日間かけてコトコトと作った牛タンカレー』と『それに合わせて頂くジャンバラヤ』である…そういうものが供されたと後日知った時、それを食いそこねた事が悔しくて悔しくて全俺が泣いた…。

でも…この時点(10月7日15時半)では当然まだそれを知らず

「ペリーニの秋のバーベキューをぼっち回避(恥)したのは些か残念ではあったが…代わりにこうして『石田堤』が見れた…『豊臣秀吉の小田原攻め』について色々と知る事ができた…」

「『これはこれであり!』だったんだよきっと…」

などと思っていた…。

そう…実際『これはこれであり!』だったのだ…『東條シェフ渾身の牛タンカレー』と『合わせジャンバラヤ』さえ無ければ…それが供されさえしなければ…俺は『あの日の選択を悔いる』事などなかっただろう…『石田堤史跡公園を通じて豊臣秀吉の小田原攻めについて見聞を深めた自分』を寿ぎ

「『これはこれであり!』だったんだよ♪」

と思い続けられていたのだ…。

『東條シェフ渾身の牛タンカレー』と『合わせジャンバラヤ』さえ無ければ…『東條シェフ渾身の牛タンカレー』と『合わせジャンバラヤ』さえ無ければ…『東條シェフ渾身の牛タンカレー』と『合わせジャンバラヤ』さえ無ければ…。
しつけえよ!(呆れ)















































b0136045_19043782.jpg
『シェフのお楽しみ』を作る東條シェフの画…こちらは『去年の春のバーベキュー』での写真…。

『今年の秋のバーベキュー』でもこんな風に東條シェフは『シェフのお楽しみ』を作っていたのだろう…『渾身牛タンカレー』を温め『合わせジャンバラヤ』を作り準備を進めていたのだろう…それを想うと俺は…(しつこい?←笑)

ここでちょっと『シェフのお楽しみ』について語ろう…『ペリーニのバーベキュー』についても語る…何せ『ペリーニのターン』だからな(笑)

先にも述べた通りこの写真は『去年の春のバーベキューでのシェフのお楽しみ』である…これは『パスタパエリア』…。

そしてさきに写真を挙げた『今年の春のバーベキュー』での『シェフのお楽しみ』は『イカスミのパスタパエリア』…『イカスミを使っている事』と『具が貝中心である事』という違いがありはするが『パスタパエリア』はパスタパエリア…物凄くざっくりした言い方をすると『似たようなもの』と言える…。

今年の春のバーベキューでは『シェフのお楽しみ』として『鰹の藁焼き』も出た…因みに去年の春のバーベキューでも『鰹の藁焼き』が出た…アレンジは多少違うが、これまた物凄くざっくりした言い方をすると『同じもの』と言える…『鰹の藁焼き』は鰹の藁焼き…。

去年の春のバーベキューと今年の春のバーベキューでは参加者が違った…『僕は豚だ!』シリーズでも触れたけど『参加者ほぼほぼ総取っ替え』という感じだった…。

だから東條シェフは敢えて今年の春のバーベキューの『シェフのお楽しみ』を『似たようなもの』にしたのだろう…。

「去年と今年では参加者が違うから『去年好評だったアレ』をもう一度出すか♪」

といった具合に考えて『アレンジを変化させた鰹の藁焼き』と『イカスミベースにしたパスタパエリア』を『シェフのお楽しみ』として供したのだろう…。

俺はたまたまその『去年の春のバーベキュー』と『今年の春のバーベキュー』に共に参加した…そして『両鰹の藁焼き』『両パスタパエリア』を共に頂いた…。

その事によって『ある傲慢な考え』が俺の中に生まれてしまったのだ…。











































b0136045_19284954.jpg















b0136045_19285169.jpg













b0136045_19285345.jpg













b0136045_19285405.jpg
今年の春のバーベキューの写真より『鰹の藁焼きの作成過程』をば…何でもバシバシ写真に撮っちゃって、まるで俺『東條シェフのストーカ』みたいだネ❤︎(『まるで』ではなくて『まんま』ストーカーだ!←呆れ)

この鰹の藁焼きは凄く美味しかったんだけど、『去年も食べた』といえば去年も食べた…そしてこの後に出た『イカスミのパスタパエリア』も『去年も食べた』…味付けや具は違ったけど『パスタパエリア』はパスタパエリア…。

それで俺こんな風に思っちゃったんだよね…。

「俺…『ペリーニのバーベキューを見切った』のかな?」

と…(恥)

『シェフのお楽しみ』が似たようなものだったから『その技見切った!』みたいに思った…(恥)

去年春→去年秋→今年春と『三大会連続三度の出場』を果たしたから(W杯みたいだネ←笑)『ペリーニのバーベキュー…ある程度見切った!』みたいに思った…(恥)

その結果どう思ったかというと

「『ペリーニのバーベキュー』にはこれからも参加する…それはもう当然の事…」

「でも…こうして『シェフのお楽しみ』をある程度見切り『ペリーニのバーベキューの流れや供されるお料理』をある程度知る事ができたんだから『事情がある時は不参加もやむなし』なのではあるまいか?」

と思ってしまったのだ…何たる傲慢な考え…(大恥)

たった三回の参加で何が分かるというのだ『今年春の俺』…そんな傲慢な考えをしていたから『東條シェフ渾身の牛タンカレー』と『合わせジャンバラヤ』を食いそこねたのだ…(極哀)

勘の良い読者の方なら既に分かると思うけど、俺は『秋のバーベキューのシェフのお楽しみ』をまだ食べていない…去年の秋のバーベキューは雨が結構激しく降っていたので『シェフのお楽しみ』は供されなかった…多分準備はされていたんだろうけど『提供は見合わせ』になったのだろう…。

つまりは『全然見切っていない』のよ『シェフのお楽しみ』!『春がたまたま似たようなもの』だっただけで『秋はまだ知らなかった』のよ!!

それなのに俺ときたら

「ある程度見切っちゃったかなぁ〜♪」

「『事情がある時は不参加もやむなし』かもな〜♪」

なんて思っちゃってホントどうしようもないよなぁ今年春の俺ェ…しかもそれで本当に不参加にしたその理由が『ぼっち回避』…つくづくどうしようもいよなぁ今年秋の俺ェ…_| ̄|〇

秋のバーベキューに参加せず『東條シェフ渾身の牛タンカレー』と『合わせジャンバラヤ』を食いそこねたのは『偶然』ではない…俺の愚かさや傲慢さが招いた『必然』だったのだ…。

でもこうした事は『全てを知った今』だから思う事…『10月7日15時半頃の石田堤史跡公園に於ける俺』は自分の身に降り掛かりつつある悲劇(カレー食いそこなう事←笑)を未だ知らずにいる…。

だからあの日の俺は…『アグリパーク伊勢原』では東條シェフが『渾身牛タンカレー』を温め『合わせジャンバラヤ』を作り、参加者の皆が

「何が出てくるんだろう?」

「この匂い…『カレー』じゃね!?」

などとワクワクしながら会話していたであろう時間帯に『石田堤史跡公園』に独りでいた俺は…







































b0136045_20121213.jpg
公園を出てこの橋のところに至り…
















































b0136045_20133241.jpg
「ほう…この石造りの欄干?は中々に古シャレオツ(古くて且つシャレオツ)だのう…『名栗にある文化財の橋』を想わせるのう…」

などと呟き…








































b0136045_20155085.jpg
「あ“ーッ!やっぱ『堀切橋』ィー!!」

などと叫び…







































b0136045_20173690.jpg
「この雰囲気…この風情…悪くない♪」

などと思いニンマリとし…














































b0136045_20190305.jpg
「『説明書き』キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」

などと喜び…



































b0136045_20201072.jpg
そして『この説明書き』を読みふけったのでした…。

『ペリーニのターン』は終わった…『石田堤サイクリングのターン』を再開する…。

この『ターンチェンジ』は『あと1回』…あとたった1回だ…あと少しだけ(で済むのか…)付き合ってくれよなぽまいら…。

この説明書きにある『土木遺産』の文字を見て俺は

「うん!『土木遺産』!!」

「『名栗の文化財の橋』も確か『土木遺産』だった!俺の勘も満更じゃね〜♪」

などと呟きニンマリしたのでした…。

俺よ…『あの日の俺』よ…おまえの勘はスカスカだ…。

おまえがこんなところで橋見てニヤニヤしていた頃(恥)ペリーニのバーベキューでは『東條シェフ渾身の牛タンカレー』と『合わせジャンバラヤ』が準備されていたんだぞ…会場に漂うカレーの匂いに参加者の皆がワクワクしていたんだぞ…。

『勘が鋭い』なら何故あのバーベキューをぼっち回避(恥)したんだよあの日の俺ェ…(締め色々と思い出し哀)


















続く…(『終わり』が見えてきた♪)

by shousei0000 | 2018-11-23 20:30 | ペリーニ アダージオ | Trackback | Comments(0)

『あの日の選択』を悔いる…その26。

b0136045_07265043.jpg
『石田堤史跡公園』の『公園な部分』にこういうものがありました。

『見晴台』という程高いものではないんですが、まあそんな感じのものがあったんです。

当然俺も登ってみたんですが、そしたら…








































b0136045_07293899.jpg
こんな光景が…。

大して高さがあるものではないので『良い景色』という程のものではないんですが、『公園の向こう側の景色』が見えました。

上の写真左手に『古い石造りの橋』が写っているのが分かるでしょうか?俺はそれに注目した。

『アミューズメントな部分』にあった『石田堤が決壊して逆巻く濁流に光成はん(わざと誤記している←笑)が流された絵』(光成はんは本当は流されていない←笑)の説明書きに

>この場所が(石田堤が決壊して奇手に大損害を負わせた場所が)本公園北側の忍川にかかる『堀切橋』です。

と書かれていた…あそこに見える古そうな橋こそがその『堀切橋』なのではないか?

この時点で時間が結構押していて(15時半とか)本当はそろそろ帰りたかったんですが

「折角来たんやし…ここに来る事は多分もう二度とないだろうし…」

と思い直し行ってみる事にした。

結果的には行ってよかった!もし行かなかったら俺は『大事なもの』を見ずに帰る事になっていた!

まあそっちに行ったおかげでま〜た色々見たり妄想したりして(笑)結局帰りに日が暮れて暗いCRの中ペダルを漕ぐ事にはなったんですが(思い出し哀)それでも『行ってよかった』んです!『本物の◯◯◯』この後ぽまいらに見せちゃる♪

でも…その前に…











































b0136045_07524392.jpg
『ペリーニのターン』をいく…。

この後ま〜た暫く『ペリーニのターン』になります…(締め宜しくお願いします♪←何じゃそりゃーッ!←締め呆れ)


















続く…。

by shousei0000 | 2018-11-23 07:53 | ペリーニ アダージオ | Trackback | Comments(0)

『あの日の選択』を悔いる…その25。

b0136045_17415590.jpg
昨日の投稿に挙げた『ワープ航法のヒント』(実は答えがはっきり載っている←笑)はこの案内板の左下にあった!

この案内板覚えているかな?本シリーズの前半に何度も載せたやつ(笑)

案内板全体を載せたのは数える程だったと思うが、右手にある『小田原征伐時の関東』ゆう図はそこだけを拡大して何度も何度も載せたよな(笑)『(笑)』じゃねえよな実際…(恥)

この図の左隅にひっそりと書かれていたのが…





































b0136045_17491032.jpg
『これ』だった訳…昨日も載せたやつ(笑)

『ワープ航法のヒント』は分かりました!

『アミューズメントな部分に新幹線が通りかかった時にセンサーの下に立つ』と…まあそう事ですね。

俺はこのヒント(つか答え←笑)を見た時

「この公園作った人達も面倒な事考えたもんだ…『石田堤についての音声ガイダンス』なんて普通に聴かせればいいのに『高架に新幹線が通る時だけ別バージョンのが聴ける』なんて工夫誰得だよ…」

と思ったんですが、同時にこうも思いました。

「そのこだわり…嫌いじゃない…」

と…(笑)

こんな遊び心があるからあの場所を『アミューズメントな部分』と名付けた…鴻巣の大人達(この公園があるのは行政区分的には『行田』ではなく『鴻巣』なのだ)の遊び心…『同じ音声ガイダンス流すにしても一捻り欲しいよな♪』という想い…嫌いじゃない(笑)

「うし!帰りにまた寄って新幹線来るの待って『限定音声ガイダンス』聴くゾ♪」

と俺は思いフフと笑ったんですが…














































b0136045_18035934.jpg
>三成役は大和田伸也さんにお願いしました。

のくだりには首を傾げた…『大和田伸也さんって…誰?』と…。

後で調べて顔写真見たら『知っている俳優さん』だった…でも『名前だけ見てもピンとこない人』だった…俺の人生は大和田伸也さんとは交差してこなかったようだ…。

『大和田獏さん』なら知っているし先にも書いた通り咄嗟に名前も出たんだけど、そのお兄さんである『大和田伸也さん』の事は何故知らなかったのだろう…。

ただ…俺は『大和田獏さん』についてもそれ程知っている訳ではない…『俳優としての大和田獏さん』の事はろくに知らないと言ってもいい…『代表作』『代表役』も出てこない…。

じゃあ何で大和田獏さんの事を知っているかというと…『クイズ』なんだよね…その昔NHKでやっていた何とかってクイズ番組(名前出てこない…←恥)に大和田獏さんが定期で出演されていたんだよ…だから知っていた…。

でも…実は俺そのクイズ番組『壇ふみさん目当て』で観ていたんだよね(笑)あの頃(30年位前だったかなぁ…)の壇ふみさんはコケティッシュで最高に可愛いかった〜♪

そんなんだから大和田獏さんは言わば『おまけ』だったんだよね(笑)『壇ふみさん観るついでに大和田獏さんも観る』とでもいうか…。

そのクイズ番組の中で大和田獏さんは確か珍回答とかを連発していて(あくまでも『確か』…違ったらごめん…)

「獏ぅー!何だよその珍回答(笑)」

「獏ぅー!真面目にやれ!!」

などとテレビに突っ込み入れながら観ていた記憶が…本当にそれで合っているのかなぁ…今はちょっと時間がないので調べる事ができない…。

まあそんな過去から俺は大和田獏さんについては多少は知っていたんだけど、肝心要な『大和田伸也さん』については全然知らんかった…顔写真載せてくれていたら分かったと思うけど『名前だけ』じゃあ…。

帰りに『アミューズメントな部分』に寄って新幹線の通過を待ち『限定音声ガイダンス』を聴いた!『ドラマ仕立て』で中々楽しかった♪

楽しかったんだけど『新幹線が意外に来なくて』参った…すぐに来ると思って櫓の下に立ち

「よーし!準備完了!」

「新幹線…こい!はよう…恋♪」

なんて思っていたんだけど(笑)これがまあすぐには来なくて

「『はよう恋♪』ゆうとるやろうが新幹線!!!」

と怒った…『新幹線に怒るな!』『しかもそんなしょうもない理由で!』ゆう話ですよね?(笑)

タイミングが悪かったみたいで暫く待った…その間一度『やられた』…。

櫓の下で待つのがかったるくなってちょっと離れたらそこに『新幹線』が!

慌てて櫓に駆け込みセンサーの下に立ったんだけど、あの界隈を通る新幹線は編成が短いのかあっという間に行ってしまった…。

間に合わなかった…まあ『俺が不慣れでセンサーの位置にうまく立てなかった』ゆう要素もあったけど…(恥)

やっとこさ来た次の新幹線で見事『限定音声ガイダンス』をゲト!やったゼ(笑)

その限定音声ガイダンス…まあ『忍城水攻めのドラマ』なんだけど、それを聴いていて『新たな発見』があった!

忍城は別名『浮城』と言う…『2万の軍勢に囲まれ水攻めにされても遂に沈まなかった城』という事から『浮城』と呼ばれる事になったそうな…とここまでは既に知っていた。

知らなかったのは『寄手がそう呼んだ』って事!

水攻めがうまくいかない中、奇手の兵士だか将軍だかが

「あの城は…『水に沈まぬ浮城』だとでもいうのか…」

と呟くシーンがあった…。

俺は『浮城』ゆうアダ名みたいのは『忍城の兵士達が水攻めを防ぎ切った事を誇りそう呼んだ』或いは『忍城の奮戦振りを知った後世の人達が判官贔屓もあってそう呼んだ』のだと思い込んでいたんだけど、ドラマの中では奇手である石田軍の兵士だか将軍だかが忍城を『浮城』と呼んでいた…認めざるを得なかったんだね『忍城の奮戦振り』を…。

「そうか…敵も忍城を『浮城』と呼んだのか…」

と思った…それが事実だかどうだかは分からないけど、限定音声ガイダンスのドラマのおかげで違った視点で『浮城』を捉えられた…『鴻巣の大人達の遊び心』に改めて感謝したい…。

『所用』にいてくるので今日はこれで失礼する…嗚呼…遂に今日までに終われなかった…(締め呆れ)


















続く…。

by shousei0000 | 2018-11-22 19:00 | ペリーニ アダージオ | Trackback | Comments(0)

『あの日の選択』を悔いる…その24。

今日はもっとブログを書きたかったのだが『充電セットをアパートに置き忘れるミス』があり(哀)iPhoneの電池残量が足りない…只今電車で帰宅ちゆう…。

訳あって明日の夜までに本シリーズの目処を付けておきたかった…完結するまでは無理としても(笑&恥)『終わりに向かう流れ』にまでは持っていきたかった…でももうそれも無理…『充電セット』め…(逆恨み←笑)

明日は休みなんだけど夜に予定がある…その『夜の予定』が本シリーズに些か関係がある…。

だから俺は明日の夜までに本シリーズの目処を…って、やめましょうこんな繰り言(笑)ゆうてもしゃ〜ないからもうやめる(笑)

できる範囲で話を進めていきましょう♪(iPhoneの充電狭山市駅まで保つかな…)













































b0136045_20240230.jpg
先に挙げた『石田堤史跡公園』の『アミューズメントな部分』にあった一連の絵を見て俺は…











































b0136045_20253211.jpg
『石田堤と忍城水攻め』について…













































b0136045_20273237.jpg
俺なりに理解した!
(『光秀は〜ん!濁流に流されて大丈夫かぁー!!』と感じた!←理解してねえじゃん!?←呆れ)

まあ『光成はんが流された件』はともかく(本当は流されていない←笑)

「ビジュアルって凄い!」

と思った!

『アミューズメントな部分』でこれら一連の絵を見る前も俺は『忍城水攻めは失敗した』と知ってはいたんだけど、上に挙げた光成はんが流された絵(光成はんは流されていない!←しつこい?←笑)を見て『忍城水攻めの失敗』がリアルに理解できた!ビジュアル(絵)って凄い!!

上の絵の下の方にある説明書きに

>この場所が(石田堤が決壊した場所が)本公園北側の忍川にかかる『堀切橋』です。

と記されていて

「その『堀切橋』とやらは是非とも見ておかねばな…」

と思いつつ『アミューズメントな部分』を後にして『公園な部分』に向かったのでした…やっとこさ『アミューズメントな部分』から『公園な部分』に話が移ったァー!(笑)















































b0136045_20424208.jpg
『公園な部分』に足を踏み入れる…拙ブログ的には『やっと』って感じ…(恥)

ここは見た通りの『普通の公園』…『石田堤を想わせるもの』は『説明書き』を除いて特にない…もう一度書くけど『普通の公園』…。

でも俺には『この公園に足を踏み入れなくてなならない理由』があった…。

その理由が…















































b0136045_20464032.jpg
これ…。

ワープ(アミューズメントな部分に於ける音声ガイダンスを聞く方法)には『ふたつの航法』があるとされ、『そのヒント』が『公園内のあずまや』にあるとされている…だからその公園が特に何という事のない普通の公園であったとしても俺は立ち止まる訳にはいかなかった…(大袈裟←笑)『ワープ航法のヒント』を求めて…。

そして…











































b0136045_20525139.jpg
『そのあずまや』をハケーン!『ヒント』よ何処!?

『ヒント』ゆう位だから『それなりに分かりにくい位置』に書かれているのか…或いは『普通に書かれているけど謎解きがある』のか…。

いざ行かん俺…『ヒント』を解き明かして『ふたつめのタイムワープ』へ…。

どれだけ難解なものであっても…或いは分かりにくいところに書かれていても…俺は必ずやそれを見出し謎を解き『ふたつめのタイムワープ』に乗り出すぞ!!!(漲る決意)









































b0136045_20584554.jpg
えと…『ヒント』ゆうより『答え』がまるごと書いてあるんですけど…『謎解きの要素ほぼゼロ』なんですけど…。

ああ…三成役の人は『大和田伸也さん』なのか…『大和田』で捲れていたから俺『大和田獏さん』かと思っていたけど『大和田伸也さん』だったか…なるほどなるほど…。

で…『大和田伸也さん』って誰?
知らねえのかよ『大和田伸也さん』を!?
今は知っています…でもこの写真を撮った時点では『???』でした…(締め恥)
















続く…。
(狭山市駅に着きました…アパートに帰ります…iPhoneの充電ギリギリ保ったわ♪)

by shousei0000 | 2018-11-21 21:03 | ペリーニ アダージオ | Trackback | Comments(0)

『あの日の選択』を悔いる…その23。

b0136045_17140506.jpg
俺は今ドツボに嵌っている…映画『のぼうの城』に出てきたこの光景が『どこでどのようにして撮られたものであるか』が気になって気になってしょうがなくなった…。

元々は昨日の投稿に書いた通り『北海道のロケ地で撮ったもの』と思っていた…しかし今朝の投稿に書いた『拡大したら二子山古墳をハケーン!』という要素が加わってよく分からなくなった…。

どちらにしても『現代そのままの画』ではない…丸墓山古墳や二子山古墳の周りの景色が『現代のそれ』ではない…現代のものなら二子山古墳のすぐそばに『アスファルトの道路』がなくてはならない…でもその道路がない…。

つまりはどちらにしても『CG乃至はVFXが施された画』なのだ…でもそのベースが『埼玉県行田市界隈』なのか『北海道のロケ地』なのかが気になる…気にしなければいいだけの話なのだが『気になる』…(笑)

困ったものだなぁ…こんな事書いている場合ではないのに…(溜息)












































b0136045_17245997.jpg
今朝の投稿に挙げた『のぼうの城での画像を拡大したもの』がこれ…丸墓山古墳や二子山古墳が写っているのが分かるよね…因みに二子山古墳の右上に見える小さな前方後円墳は、文字が刻まれた剣である『金錯銘鉄剣』なるものが出土した事で有名な『稲荷山古墳』である…。

位置関係的に『南から北に向けて撮ったもの』であろう…昨日か今日の投稿で『高地から撮ったもの』みたいに書いたが、高度の感じから『高地』ではなく『上空』で撮ったもののように思う…おそらくは『ドローン』乃至は『ヘリ』で撮ったのだろう…。

それはいい…それはいいのだが…












































b0136045_17334145.jpg
上の画面キャプチャーは『iPhoneで丸墓山古墳界隈を撮ったもの』になる…縮尺は先に挙げた『のぼうの城の画を拡大したもの』とは違うであろうが『南から北に向けて』という方位?は大体こんなものであると思う…。

西側(左手)に『荒川』が見えている…そしてそれは蛇行している…その蛇行振りは最初に挙げた『のぼうの城の全景画』に近いように見えなくもない…。

だが…








































b0136045_17391637.jpg
やっぱ違うだろうこの蛇行振り…さっきの地図画面キャプチャーでは『細々と蛇行』なのに対し、この画では『並々とした蛇行』って感じになっている…『満々と水をたたえた川が蛇行』ゆう感じになっている…。

行田界隈の荒川はこんなに大河ではない…ところによって多少違うが、『土手は雄大だけど川自体はそんなに大きくはない』というのが行田界隈の荒川…だからこの画の『満々と水をたたえ蛇行する川』を荒川とするのは些か違和感がある…。

結局この画は『北海道のロケ地にCGなりVFXなりで古き行田の光景を嵌め込んだもの』なのかなぁ…『埼玉の光景』には見えないんだけどなぁ…。

こんな事を書いている場合ではないので(早く話を進めたいのだ…)この件を書くのはもうやめにして話を進めて行くとしよう…。
だったら最初から書かなければいいのでは!?(呆れ)

















































b0136045_17565382.jpg
またまた『のぼうの城の画』なのだが…これは我らが石田光成(わざと誤記しております←笑)が丸墓山古墳上の本陣から忍城を俯瞰するの図…真ん中の黒い羽織に漢字を組み合わせた紋章みたいのを背負っているのが我らが石田光成(本当は『三成』なのは知っています!←強調)…。

これはまだ忍城を水攻めする前のもの…。

「それにしては…随分と水が巡らせているんじゃね?」

と思う人もいるかもしれないが、約四百年前にあった忍城は『こういう城』だったのだ…『水豊かな水郷の要所要所に砦が造られ、それを橋で渡したもの』こそが『リアル忍城』だったのだ…『天守閣』なんか無かったのよマヂで!

そして『忍城側から丸墓山古墳を臨む画』が…












































b0136045_18085847.jpg
これ…右手にある小高い山が我らが石田光成(本当は『三成』なのは知っています!←強調)が陣する丸墓山古墳…やっぱあんなに高くないわ丸墓山古墳はァー(笑)

この画の部分は『地続きの部分』…『水巡らせた砦』ゆう感じの忍城にも『こういう地続きな部分』もあったのだ…。

その代わりにこの場所の道は『一本道』で、大軍が押し進む余地がないここで忍城側の豪傑(名前忘れた…)が独り道に立ち敵を押しのける…そんなシーンに続くのが確かこの場面…。

そんなこんなな前哨戦が行われた後いよいよ『水攻め』が行われるのだが…その『水攻めが行われた後の画』が…









































b0136045_18174205.jpg
これ!やっとここまで話が辿り着いたよ(笑)

この絵は『石田堤史跡公園』の『アミューズメントな部分』にあったもの!『忍の城を囲む石田堤』とタイトルされている!

手前にある丸く盛り上がっているのが我らが石田光成(わざと誤記しております←笑)の本陣である丸墓山古墳で、そこから向こうの忍城は水で包まれている…『水攻め』が既に行われたのだ…忍城ピーンチ!!!














































b0136045_18232616.jpg
さっきの絵は『平面なもの』だったけど今度は『立体的なもの』をば…これも『アミューズメントな部分』にあった…。

この絵では赤い羽織を着用しているのが光成はん(本当は『三成』なのは知っています!←強調)なんでしょうね?『忍城を水攻めにして得意満面』ゆうところなんですかね?現代風に書くと『ドヤアアアァァァーーーッ!!!』って感じですかね?(笑)

この辺りから『光成はん』で通させて頂く…キャラもちょっと変わる…。

『リアル石田三成』とは似ても似つかぬ滑稽な人物に書いてしまうかもだけど…『のぼうの城』だって忍城の守将成田長親を史実にはない『のぼう様』なんてキャラにしたんだから、このブログ(糞ブログ←笑)で石田三成を『損な役回りでちょっと滑稽な光成はん』にするのも許されるよな?許されると決まった!(笑)

で、その光成はん(わざと誤記している←笑)は忍城を水攻めして得意満面だったんだけど(リアルではそんな軽薄な人物ではなかったと思うけど…拙ブログではそうなる←笑)この水攻めは見た目程はうまく進まない…城を水で囲みはしたものの『城を水浸し』にはできない…水はヒタヒタと城に迫ったものの『浸水』までには至らなかったそうな…。

理由は色々あったみたい…『地形的に水が城に行ききらない』とか『忍城が元々水郷の砦だったから水対策ができていた』とか『石田堤を作らされた忍の民達が何気に手抜き工事していた』とかまあ色々あったみたい…。

あと『肝心要な水が足りない』ゆう要素もあったとか…この水攻めは6月から7月にかけて行われたから普通に考えれば『梅雨だから水が多い時期』なんだけど、その年はたまたま『空梅雨』だったのかも…とにかく『水が足りない』みたいな事が『アミューズメントな部分の説明書き』に書かれていた…確かね(笑)

ところがそこに『天祐』が!『水が足りない…』と光成はん(本当は『三成』なのは知っています!←強調)が悩んでいるところに『台風』到来!

光成はん(『三成だろ!?』とのツッコミは無用…←恥)は狂喜して

「っしゃー!これで『忍城水浸し』やー!!」

「水ザバーいって、城門ガーンなって、城に籠る連中の士気もドーン落ちる…ワイの水攻めは完璧やー!!!」

と叫んだらしいんだよね!(拙ブログ的にはそうなる←笑)

ところが…その台風で確かに水は増えたんだけど、前述の諸問題(地形、忍城の水対策、忍の民の手抜き工事)から光成はん(『三成だろ!?』とのツッコミは無用…←恥)の思惑通りに水攻めは進まず、それどころか…






































b0136045_18531588.jpg
『こう』なった!

水は忍城側には行かず奇手側に迫り、やがて堤が決壊して奇手側は大混乱に至る!

「水のアホー!何でこっちに来るんやー!!」

「これじゃあ俺が秀吉様に叱られ…ってグワーッ!!!」

逆巻く水に光成はんが流された!!!(本当は光成はんは流されてはいない←締め笑い)



















続く…。
(石田三成は歴史好きの方に結構ファンが多いそうな…彼の出身地では英雄で銅像とかも建っているそうな…そういう人達が拙ブログのこの記述を読まない事を祈る…俺が書いているのはあくまで『光成はん』であって『石田三成』ではないのだから…←締め必死の言い訳…)

by shousei0000 | 2018-11-21 19:04 | ペリーニ アダージオ | Trackback | Comments(0)